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7年ぶりに開催される楠公武者行列2025。
今年の大将役は、あの斎藤元彦兵庫県知事だそうですよ。
南北朝時代の英雄・楠木正成公の偉業を讃え、華やかな甲冑姿の武者たちが練り歩く壮大な歴史絵巻。
この記事では、その見どころや開催情報をわかりやすく紹介します。
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楠公武者行列2025
神戸の初夏を彩る歴史絵巻
かつて、みなと神戸の華と謳われ、神戸に夏を告げる風物詩「楠公武者行列」。7年ぶりの復活となる2025年の行列は、伝統文化を継承し、新開地、ハーバーランドなど神戸一帯に勇壮典雅な歴史絵巻が繰り広げられます。
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楠公武者行列2025の通行止め情報
交通規制実施日時:2025年5月25日(日)
楠公武者行列の開催に伴い、湊川神社周辺からハーバーランド、新開地エリアにかけて交通規制が実施されます。自家用車でのアクセスはお控えいただき、公共交通機関のご利用をおすすめします。
主な交通規制区間
- 湊川神社周辺:午前9時~午前10時30分
- 新開地エリア:午前10時30分~午前11時30分
- ハーバーランドエリア:午前11時30分~午後12時30分
- 帰路(ハーバーランド→湊川神社):午後12時30分~午後13時30分
詳細な交通規制情報は下記の公式地図をご確認ください。
推奨アクセス方法
当日は以下の公共交通機関のご利用をおすすめします:
- JR神戸線「神戸駅」より徒歩約5分
- 神戸高速鉄道「高速神戸駅」より徒歩約5分
- 神戸市営地下鉄「湊川公園駅」より徒歩約8分
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楠公武者行列2025の日程
開催日:2025年5月25日(日)
※雨天決行・荒天中止
当日のタイムスケジュール
湊川神社にて出発の儀式開始(司会:ターザン山下氏)
行列出発・神社正門前を出発
新開地エリア通過
ハーバーランドエリア到着
ハーバーランドエリアにて休憩・イベント
帰路出発
湊川神社帰還予定
特別所役
大将 楠木正成公代:兵庫県知事 斎藤元彦氏
副将 楠木正季卿代:神戸市副市長 今西正男氏
少将 楠木正行公代:神戸親善大使 新藤愛音氏
外国人向けイベント
大阪・関西万博開催年であることを記念し、ハーバーランド モザイク北側では外国人観光客向けの英語案内イベントも同日実施予定です。
オンライン配信情報
行列の様子はライブ配信も予定されています。
遠方の方や現地に行けない方もオンラインで楠公武者行列の雰囲気をお楽しみいただけます。
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楠公武者行列2025とは?
楠公武者行列は、湊川神社の大祭で南北朝時代の名将・楠木正成公が湊川の戦いで殉節された日(延元元年〈1336〉5月25日)を記念して行われる伝統行事です。神社創建2年後の明治7年に初めて行われた神輿渡御に大楠公を大将とする騎馬武者が神輿に供奉したことが、楠公武者行列のはじまりとされています。
楠公武者行列まで残り3日となりました。
騎馬27頭、全45役、約300人の壮大な歴史絵巻は5月25日10時から神戸の街を巡行いたします。
是非ご覧下さい。#楠公さん #湊川神社 #歴史 pic.twitter.com/Ztjb0QzAXA— 湊川神社【公式】-楠公さん- (@minatogawajinja) May 22, 2025
楠公武者行列の歴史
明治7年(1874年)
湊川神社の神輿渡御に楠木正成を大将とする騎馬武者が供奉したのが起源
昭和10年(1935年)
楠木正成殉節600年を記念して盛大に開催。南北朝時代の有職故実に即した装束が新調され、総勢3千余名の大行列となる
戦後~昭和40年(1965年)
簡略化されつつも毎年開催
平成14年(2002年)以降
地下鉄工事等により一時中断後、神社の節目に合わせて開催(平成14年、19年、25年、30年)
令和7年(2025年)
7年ぶりの開催。大阪・関西万博開催年でもあり、国内外からの注目を集める
楠公武者行列の構成
楠公武者行列は主に3つの部分で構成されています:
- 前陣武者列:甲冑姿の騎馬武者らが供奉する勇壮な部隊
- 神幸列本社:金色に輝く大神輿
- 神幸列甘南備神社:御夫人・甘南備大神様の優美な葱華輦と可愛らしい稚児らが供奉する部隊
全体で26騎の騎馬武者、騎馬女房など全69役、総勢700名、全長約1kmにわたる一大歴史行列です。大鎧をはじめとする南北朝時代の時代考証が厳密になされた装束の数々も見どころのひとつです。
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楠公武者行列2025の楠木正成は何をした人?
楠木正成公は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将で、後醍醐天皇に忠誠を尽くし、鎌倉幕府打倒に大きく貢献した歴史上の偉人です。智・仁・勇の三徳を備えた人物として語り継がれ、湊川神社の主祭神として祀られています。
楠木正成の生涯
永仁2年(1294年)
河内国赤坂(現在の大阪府千早赤阪村)に生まれる。観心寺の僧龍覚坊に学問を、毛利時親に兵法を学ぶ
元弘元年(1331年)
後醍醐天皇から討幕の密命を受け、笠置山に参上して忠誠を誓う
元弘2年(1332年)
下赤坂城を築き、幕府軍と戦うも敗退。死を装って落ち延びる
元弘3年(1333年)
千早城・上赤坂城で少数の兵で幕府軍に対して智謀を尽くした籠城戦を展開し、勝利
建武元年(1334年)
隠岐から脱出した後醍醐天皇を兵庫の津で出迎え、京都まで先導。鎌倉幕府が滅亡
延元元年/建武3年(1336年)5月25日
足利尊氏の反乱に対し、湊川の戦いで奮戦するも敗れ、弟・正季と共に自刃(現在の湊川神社の地)
楠木正成の功績と精神
「七生報国」の精神
楠木正成は湊川の戦いで敗れた時、弟の正季と「七生まで只同じ人間に生れて、朝敵を滅さばやとこそ存候へ」と言葉を交わしたとされています。これが後の「七生報国」(七度生まれ変わっても国に報いる)という言葉の由来となりました。
楠木正成の忠義の精神は、明治維新後に国家的に顕彰され、湊川神社は明治5年(1872年)に創建されました。戦前の教育では忠君愛国の模範とされ、現代でも忠義と信念を貫いた日本人の理想像として尊敬されています。
湊川の戦い
延元元年(1336年)5月25日、足利尊氏・直義兄弟率いる大軍が海陸から攻めてきました。楠木軍は会下山に陣を張り700騎あまりの手勢で奮戦しましたが、激しい戦いの末、わずか73騎にまで兵が減りました。正成公は湊川北方(現在の湊川神社の殉節地)で弟・正季と共に自刃し、その壮絶な生涯を閉じました。
小楠公(楠木正行)の活躍
正成の子・正行(小楠公)は父の遺志を継ぎ、南朝方として活躍します。正平3年(1347年)四条畷の合戦で、敵将・高師直を本陣から後退させるも力尽き、弟の正時や従兄弟達と共に自刃しました。父子二代にわたる忠義の精神は、日本の歴史に深い感銘を与えています。
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楠公武者行列2025は雨天決行かそれと中止?
7年ぶりに開催される楠公武者行列2025ですが、どうやら雨の場合は中止となるようです。
さすがに鎧や兜が濡れるのはまずいですよね。
ではその判断はいつするのか?
前日の5月24日(土)の22:00頃に公式HPにて最新情報を提供してくれるようです。
知事昨日クマが出来てたようですね😭
今日も城崎の方でご公務。
明日はどうかお休みでありますように。日曜日、楠公武者行列なんとかいけそう…?
とりあえず土曜22時の公式の発表を待ちましょう🙏 pic.twitter.com/QXc3Cjd7RY— M (@M_20241117__) May 22, 2025
5月25日(日)の開始時間の10:00までには恐らく雨があがりそうですけどね。
開催されることを願いましょう。
素晴らしい武者行列がみれるはずですのて、当日は現地で見てみたいと思っています。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
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